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NHKスペシャル視聴録:沖縄 空白の1年 ~“基地の島”はこうして生まれた~ 

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【内容】
1945年8月15日、本土の人々が太平洋戦争の終わりを告げる玉音放送を聞き、悲嘆に暮れる中、沖縄では、人口のおよそ9割が「収容所」に入れられるなど、全く別の「戦後」がはじまろうとしていた。
今回NHKは、アメリカ軍の占領直後―――「1945年6月から1946年にかけて」の映像や、米軍の機密資料、未公開の沖縄の指導者たちの日記等を入手した。資料を詳細にみていくと、この時期、アメリカの占領政策は揺れており、まさに沖縄が「これからどうなるか」が決められていく期間でもあったことが分かってきた。沖縄はこの時期、アメリカでもなく日本でもない、“空白の状態”に置かれながら、次第に「基地の島」へと変貌させられていったのだ。戦後、本土が平和と繁栄を謳歌する一方、その代償として重い負担を背負った沖縄。「空白の1年」を通して、沖縄の戦後の歩みと今を考える。

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160820

【備忘録】

沖縄では8/15前にすでに戦後は始まっており、沖縄をどうして行くは米国、国務省と軍(GHQ)の間で大きな相違があった.国務省は沖縄からすぐに手を引き沖縄の人たちの自治に委ねることを見据えていた.そのために沖縄に送り込んだのは、沖縄の勉強をしてきた歴史家、政治学者であった.彼らは沖縄の有力者の意見を聞き、自治が円滑に運営できるように補佐するような態度であった.一方で、GHQの意向に沿った軍は沖縄の「基地化」を考えており、複数の空港を作り、そのために沖縄の人たちの農地を接収した.生きていく糧を失った沖縄の人々.基地建設など、基地に頼らねば生活できない状況となってしまった.大陸では、共産化が始まり、米国にとっての沖縄の重要性は高まり、国務省の方針は変更を余儀なくされ、沖縄の人の自治は遠い夢となってしまった.

マッカーサーは沖縄と本土を峻別しており、「本土さえ復興すれば良い、また、本土の人も沖縄の遅れに何も思わない.なぜなら、沖縄と日本は違うから」と考えており、本土に来ていた沖縄の人たちが貧困に喘いでる率が高いと知ると、本土復興の妨げになるとし、強制的に沖縄に戻してしまうことも行った.こうして戻った人々もすでに帰る家は基地となっており、基地に頼らなくては生活できない状況となった.

日本政府は沖縄を米国の領土とすることには反対する方針をとったが、土地をどう利用するかには意見しないとの方針となり、基地の固定化にもつながる.

【雑感】

沖縄のことを知らな過ぎた.いろいろな宿題を日本はまだまだ抱えたままだ.

※録画を視聴

※疲れがたまったか、体が動かない。。。
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