思ったことを書くだけ

読んだ本の紹介、自転車練習、ドキュメンタリー視聴、映画、美術関連、時事問題・・・気になったことをメモとしてまとめていきます。

9/10 キューブ練 

9/10

キューブ練

小山田周回で。

キューブ練は短時間高強度で地獄を味わえる。メモリアルパーク坂ではなんと28キロくらい!心拍も185を記録。まだここまで上げられるんだ。ちゅーか、こんなオヤジにこんな心拍。体に良いのか?

ゲロゲロ状態で病院坂では脚が終わってしまって13キロ後半が精一杯。

早く走るための練習ってこれで良いと思います。はい。

帰り。
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参加のみなさん、ほとんど、PAS NORMAL STUDIOSのジャージ。
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伊高 浩昭 『チェ・ゲバラ - 旅、キューバ革命、ボリビア』 

チェ・ゲバラ - 旅、キューバ革命、ボリビア

【内容】
1928年、アルゼンチンに生まれた革命家チェ・ゲバラ。医学生時代にラテンアメリカを旅し、貧富の格差や米国支配の問題に目覚める。カストロ兄弟と共にゲリラ戦で活躍し、59年のキューバ革命政権樹立に貢献。要職を歴任するものの、思いは全ラテンアメリカでの革命推進にあった。再び戦地に赴くチェ。だが前哨戦のコンゴ、続くボリビアで過酷な現実に直面し…。彼の遺した膨大な文章と関係者への取材から実像に迫る。

【雑感】
チェ・ゲバラ(以下、チェ)。名前は知っていたし、顔もあの有名な写真-5章最初に掲載-もポスター、Tシャツ等で横目で見ていた。しかし、恥ずかしながら人物像についてはキューバ革命の英雄程度の認識しかなかった。中公新書から出版された伝記であることから公平性を保ってた記述であることを期待してページを開く。

チェは1928年、アルゼンチンで生を受け、小学生高学年になると父母の蔵書を読み漁るようになり、父に「12歳にして18歳くらいの教養がある-P5-」と言わしめるようになる。チェはゲリラ戦の最中でも一息つくとき、仲間から離れたところで持ち歩いた蔵書を読み耽ったり、メモを残したりと終生、活字に親しむ人であった。おそらく少年時代から始まった読書で培ったものなのだろう。

後に、国立ブエスノアイレス大学の医学部へ進学、学生時に長期間に渡り、ラテンアメリカを放浪、貧富の格差や米国支配の問題に目覚める。長期の旅を終え、その付けとして、卒業が多少遅れたが無事卒業。しかし、そのまま医師の道を進むことはなく、再び放浪の旅へ。この旅の間にカストロと出会う。

カストロ兄弟とともにゲリラ戦で活躍し、59年のキューバ革命政権樹立に貢献。銃を持つ革命のフェーズが終わった後、実務的な革命が必要となり、チェは人材不足のキューバの中にあって知識人であること買われ、実務家としての各種役職を任される。しかし、チェの思いは全ラテンアメリカでの革命推進にあった。さらに付言すると、彼は銃を持つ「革命家」であった。彼にはキューバさえも味気なくなっていたのだろう。さらに付言するなら、彼は現実主義者ではなく理想主義者であった。彼はゲリラ戦こそが革命の道であり、平地組(都市組)がそれを支えるのが当然であると考える傾向にあった-P54-。この考えをどの場所においても適用して考えた。また、彼の著書に以下のような記述がある。

「ゲリラ戦は人民戦争だ。ゲリラは人民の前衛であり、その力は人民によって引き出される。改革の最初の目標は農地改革であるべきだ。最初の仕事は地元住民の信頼を確保すること。地域住民に革命の主題と目的を説明し、勝利を説いて理解させるべきだ」

「・・危険と判断した人物は、ためらわずに排除する。」の点でゲリラは厳しくあらねばならない」-P101-

彼は自らの著書にゲリラ戦での教訓を述べているが、後のボリビアでのゲリラ戦において現地の事情に即した臨機応変な対応が出来ず、どこまでの自分の理想にこだわったこと、自らの教訓を活かせなかったために、部下たちとともに死ぬことになる。

すさまじい行動力とカリスマ性を携えたチェ。理想に燃えて猪突猛進の人生であったが、盲目的なところがあり現実主義者になり切れず、自らの教訓を活かせず散った。本書の最後の方にも以下の記述がある。

革命に命をかける「新しい人間」のゲリラ戦を讃える「革命の美学」にいチェが酔いしれていたと言えば言い過ぎだろうが、チェの対米戦略が「反帝国主義」の激しい言説の域を越えて緻密な戦略に裏打ちされていたとは言いがたい。-P250-

※事故ったとき、入院中に読了

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8/23&4 札幌3日目 帰宅 

8/23

朝支笏湖へ出発。

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ちょっとだけタイム短縮。でも、まだまだダメ。まー激しいアップダウンの耐性ができてないのでしゃーない。

さて、知人にお土産を渡しに行ってそれから、カミさん、義母、ちびっ子と共に藻岩山へ。ロープウェーで頂上少し手前まで。
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そこからちびっ子が可能な距離の登山を決行。ちびっ子、がんばって登った。感動!! 自分はちょっとしんどい(笑)
札幌にいたときは支笏湖った後に麓から藻岩ったのだが。。。体力の低下が。。。

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景色はすばらしい!!やっぱり好きだな、札幌。

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ほっけ。北海道を離れて後悔はこれ。安くてうまい。スーパーで簡単に買える。たぶん、うまいのは北海道で消費されてどうでも良い品質のものが本州に流れてきているとしか思えない。

8/24
この日は帰るだけ。9時半の飛行機。じゃ、来年ニセコで!!140キロで走りたいな。。

帰りに寄り道して神保町へボンディのカレーを食べに。
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もう、20年は通っている。写真は海老カレー。

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8/22 札幌3日目  

8/22

生憎の雨。知人と夕張方面にライドする予定だったが、雨が酷いのでまた来年ってことで諦め。
カミさんとちびっ子とで街におでかけ。

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札幌地下街。ここが出来た年に札幌を離れた。

毎度の本屋に行きチェック。どこに行っても街に出るとやることは変わりなし。ちびっ子を楽しませてあげようとってことでお好み焼きへ。焼きを体験してもらうことにしよう。

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ぐちゃぐちゃである。 ちゅーか、これやったのは自分だ!

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8/21 札幌2日目  

8/21

睡眠不足が続いていたため早朝支笏湖は断念。

白い恋人の石屋製菓にクッキー作り(ちびっ子)に行く。

お昼は石屋製菓内のレストランへ。スープカレーを食べたかったで注文。
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すさまじいボリュームに。食べ終えた後は胃に血が集中して朦朧とする。

ちびっ子はクッキーを一生懸命作っていた。楽しそうである。焼き上がるまでは工場見学。

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実に面白い。

同じ工程のレーンが2本あるのだが、不良をはじく頻度が2レーンに差異がある。検査官の判別レベルに差異があるのか?それとも、機械のばらつきをコントロールできてなく、片側はばらつきが大きいのか?不思議。

最終的にこの2レーンから出てきた白い恋人はX線で金属遺物検査する前に目視による最終チェックを受けるのだが、はじかれる時間間隔を数えるとこれまたバランバラン。指数分布に従っているのか?と妄想する。もう少し観察して数値をプロットしないとわからないと思う。


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